あれから〜3月11日を経て〜
いつも、このブログへアクセスしてくださり、ありがとうございます。
山縣有斗からの「チケットWEB先行予約会員」への書き下ろしエッセイを、
今月は、こちらでも公開させていただきたいと存じます。
お読みいただければ幸いです。
◆◆◆
【あれから〜3月11日を経て〜】
あれから1年が過ぎて・・・、口を閉ざして黙ることにするにはあまりにも強烈過ぎ、口を開くにも膨大な情報と現状を消化するにはあまりに時間が足りない。
自然災害と人為的被害、その両方を象徴するように、地震と原発は今も話題に事欠かない。
というより、一年を迎えるタイミングだからこそ、また報道が多いという感覚だが。
時々聴こえて来ていたニュースには、前向きな話、避難された方々のつらく厳しい話、さまざまあり、直視したり、客観視してみたり、耳をふさいでみたり、そんな態度で俺はその後の現状に対して接してきたように思う。ある意味、知る事から逃げていたのかも知れない。
ここ最近になって、ようやく原子力発電のことや、放射能物質のことを知る勇気を持った。
俺の世代にとっては、というか俺にとっては、スリーマイル島原発事故、チェリノブイリ原発事故は、3歳の頃と10歳の頃の出来事でほとんど実感もなく大化の改新みたく名称だけ歴史のように知っている程度だった。核の凄まじさは、広島・長崎の原爆資料館で知ったり、漫画「はだしのゲン」で知ったように思う。
広島・長崎のことはよく知らないまま修学旅行で唐突に突きつけられてとまどった。
修学旅行は「修学」じゃなく俺にとっては「旅行」で、もっと外の世界に目が向いていたし、好きな女の子が気になってそれどころじゃなく、むしろ遊園地にでも行きたいのが本音だった。
「はだしのゲン」は小学校の図書館に唯一あるマンガとして重宝していたくらいで、原爆の凄さを絵や映像で観て・・・どう受け止めていいものか分からず、受け流すのがやっとだった。
正直、被害者の焼けただれた姿を脳裏に焼き付けないよう必死な小僧だったし、本当はそんなふうに思ってはいけないんだと確信していたので黙ることでその重い空気をやり過ごした。
高速増殖炉「もんじゅ」の事故も良く知らず、早口言葉として『こうそくぞうしょくろもんじゅ』として覚えていた単語だった。恥ずかしい話、今になってようやくその内容を知った。
近年の事故、1999年起こった東海村JCO臨界事故の事すらほとんど知ろうとはしなかった。
さらに、祝島原発建設反対運動についても同様で、なんとなくニュースで知っていたが、もはや30年もの戦いがあったことなど知るよしもなかった。
祝島に中国電力が原発を作ろうと躍起になり、地元住民が絶対反対を掲げ戦っていたのだ。それは、中国電力が計画を発表した1982年から今も続いている事だった。俺が6歳の頃から始まって今に至る。
実に30年も戦っていたのだ。
知らなかった・・・、祝島は俺のふるさとの山口県の島だったのだ。
中国電力からの10億8000万円の補償金を受取拒否して、反対し続ける漁師さんや住民の方々が荒々しくも声を挙げた姿を映した映像をみて涙がこみ上げた。
俺が独りでトイレに行くのを怖がっていた頃から、原発反対を掲げ、俺のような子供を守ろうとしていた大人たちが、自然を守ろうとしていた大人たちが大勢いたのだ。
今更ながら、胸が熱くなる。
ただ、ただ、無知だったのだと気が付いた。
原発1基つくるのに5000〜6000億円かかり、それが54基ある日本。
独占禁止法がありながら、電気は選べない、東京に居れば東京電力にお世話になるしかないのだ。東京電力に研究費は莫大に支払われ、世界一高いと言われる電気料金を支払って我々は貢献し、税金でも貢献していたことを知る。さらには、官僚の天下りポストをたくさん作ってあげていたのだ。
推進すれば官僚も東京電力も儲かるシステムなのだ。
今や知っての通り、核燃料廃棄物は増大し、毒素を出さないよう閉じ込めても置き場がない状況。
臭いものには蓋をしていた蓋が開き、バレたから、対応に困っているのが実情。
ああ、書き始めたらきりがない・・・。
何と言うか、お金を生み出すことが、エネルギーを生み出すことより重要な社会に生きているんだね俺たち、なんて感じてしまい、真実が見え隠れする。
科学者の中には、自分の利益の為にうまい言葉で危険性をはぐらかして原発を推進する人もいれば、危険性をひたすら訴え続けた人もいる。その対立をみると立場と利益を守る人が危険を訴える人よりもなぜか偉そうだし、強いし、博学なフリをして人を見下しているのが見える。
俺たちは、ウソをつけば必死で隠すし、恥をかくと思えば必死で隠すし、過ちを犯せば必死で誤魔化すし、それで儲かるなら頑張っちゃうかもね。
人を殴って、殴った相手に「これはお前の為だ!」と言ったって、そのあと殴った人がボスから大金もらっていた姿を観たら引くよね?そんな子供じみた事が起こっているようですよ・・・。
でも半ば本心で「これはお前の為だ!」と思い込むことで納得して利益をもらう事だってあるだろう。
ざっくり過ぎて、拡散した文章をお詫びしたいくらいですが・・・
3月11日、そして翌日、日本がパニックを起こさなかったのは、原発事故の危険性に対して無知だったからに過ぎない。また、家族を守るお金の為に日常に戻って行ったに過ぎないのではないだろうか。
事実の真実は違う。
これは、過去戯曲で扱った時のように改めて思ってしまうのだ。
震災から1年を経て・・・。
日々の感謝を忘れたことはない、と言えばウソだし、命がある事に喜びを見出すことが難しい時もある。学べていないのかも知れない。
多くの人がそうだったように、「絆」という言葉は胸の中で熱く駆け巡った。
しかし時には「こんな状況になってるのに、どうして!」と問いたくなる行動を見聞きしては拳を握りしめ、不誠実さを目の当りにして失望したりする事もある。
俺自身、顧みて恥ずかしい部分もあるが・・・。
風邪を引いた時にだけ、健康のありがたみが分かるという事ではなく、健康のありがたみに沿った在り方が問われているような気がします。
健康という言葉を、平和や、安心や、誠実さという言葉に置き換えてみたい。
そして、できるだけ蓋を開けて、次の世代に繋げていくという意味の「絆」が必要だと感じます。
今在る隣りの人への、横の「絆」はもちろん、縦の「絆」を繋いでいく為に。
祝島の人たちが、まだ6歳だった俺たちの未来を守ろうとしたように・・・
黙祷
2012年3月10日 山縣有斗
山縣有斗からの「チケットWEB先行予約会員」への書き下ろしエッセイを、
今月は、こちらでも公開させていただきたいと存じます。
お読みいただければ幸いです。
◆◆◆
【あれから〜3月11日を経て〜】
あれから1年が過ぎて・・・、口を閉ざして黙ることにするにはあまりにも強烈過ぎ、口を開くにも膨大な情報と現状を消化するにはあまりに時間が足りない。
自然災害と人為的被害、その両方を象徴するように、地震と原発は今も話題に事欠かない。
というより、一年を迎えるタイミングだからこそ、また報道が多いという感覚だが。
時々聴こえて来ていたニュースには、前向きな話、避難された方々のつらく厳しい話、さまざまあり、直視したり、客観視してみたり、耳をふさいでみたり、そんな態度で俺はその後の現状に対して接してきたように思う。ある意味、知る事から逃げていたのかも知れない。
ここ最近になって、ようやく原子力発電のことや、放射能物質のことを知る勇気を持った。
俺の世代にとっては、というか俺にとっては、スリーマイル島原発事故、チェリノブイリ原発事故は、3歳の頃と10歳の頃の出来事でほとんど実感もなく大化の改新みたく名称だけ歴史のように知っている程度だった。核の凄まじさは、広島・長崎の原爆資料館で知ったり、漫画「はだしのゲン」で知ったように思う。
広島・長崎のことはよく知らないまま修学旅行で唐突に突きつけられてとまどった。
修学旅行は「修学」じゃなく俺にとっては「旅行」で、もっと外の世界に目が向いていたし、好きな女の子が気になってそれどころじゃなく、むしろ遊園地にでも行きたいのが本音だった。
「はだしのゲン」は小学校の図書館に唯一あるマンガとして重宝していたくらいで、原爆の凄さを絵や映像で観て・・・どう受け止めていいものか分からず、受け流すのがやっとだった。
正直、被害者の焼けただれた姿を脳裏に焼き付けないよう必死な小僧だったし、本当はそんなふうに思ってはいけないんだと確信していたので黙ることでその重い空気をやり過ごした。
高速増殖炉「もんじゅ」の事故も良く知らず、早口言葉として『こうそくぞうしょくろもんじゅ』として覚えていた単語だった。恥ずかしい話、今になってようやくその内容を知った。
近年の事故、1999年起こった東海村JCO臨界事故の事すらほとんど知ろうとはしなかった。
さらに、祝島原発建設反対運動についても同様で、なんとなくニュースで知っていたが、もはや30年もの戦いがあったことなど知るよしもなかった。
祝島に中国電力が原発を作ろうと躍起になり、地元住民が絶対反対を掲げ戦っていたのだ。それは、中国電力が計画を発表した1982年から今も続いている事だった。俺が6歳の頃から始まって今に至る。
実に30年も戦っていたのだ。
知らなかった・・・、祝島は俺のふるさとの山口県の島だったのだ。
中国電力からの10億8000万円の補償金を受取拒否して、反対し続ける漁師さんや住民の方々が荒々しくも声を挙げた姿を映した映像をみて涙がこみ上げた。
俺が独りでトイレに行くのを怖がっていた頃から、原発反対を掲げ、俺のような子供を守ろうとしていた大人たちが、自然を守ろうとしていた大人たちが大勢いたのだ。
今更ながら、胸が熱くなる。
ただ、ただ、無知だったのだと気が付いた。
原発1基つくるのに5000〜6000億円かかり、それが54基ある日本。
独占禁止法がありながら、電気は選べない、東京に居れば東京電力にお世話になるしかないのだ。東京電力に研究費は莫大に支払われ、世界一高いと言われる電気料金を支払って我々は貢献し、税金でも貢献していたことを知る。さらには、官僚の天下りポストをたくさん作ってあげていたのだ。
推進すれば官僚も東京電力も儲かるシステムなのだ。
今や知っての通り、核燃料廃棄物は増大し、毒素を出さないよう閉じ込めても置き場がない状況。
臭いものには蓋をしていた蓋が開き、バレたから、対応に困っているのが実情。
ああ、書き始めたらきりがない・・・。
何と言うか、お金を生み出すことが、エネルギーを生み出すことより重要な社会に生きているんだね俺たち、なんて感じてしまい、真実が見え隠れする。
科学者の中には、自分の利益の為にうまい言葉で危険性をはぐらかして原発を推進する人もいれば、危険性をひたすら訴え続けた人もいる。その対立をみると立場と利益を守る人が危険を訴える人よりもなぜか偉そうだし、強いし、博学なフリをして人を見下しているのが見える。
俺たちは、ウソをつけば必死で隠すし、恥をかくと思えば必死で隠すし、過ちを犯せば必死で誤魔化すし、それで儲かるなら頑張っちゃうかもね。
人を殴って、殴った相手に「これはお前の為だ!」と言ったって、そのあと殴った人がボスから大金もらっていた姿を観たら引くよね?そんな子供じみた事が起こっているようですよ・・・。
でも半ば本心で「これはお前の為だ!」と思い込むことで納得して利益をもらう事だってあるだろう。
ざっくり過ぎて、拡散した文章をお詫びしたいくらいですが・・・
3月11日、そして翌日、日本がパニックを起こさなかったのは、原発事故の危険性に対して無知だったからに過ぎない。また、家族を守るお金の為に日常に戻って行ったに過ぎないのではないだろうか。
事実の真実は違う。
これは、過去戯曲で扱った時のように改めて思ってしまうのだ。
震災から1年を経て・・・。
日々の感謝を忘れたことはない、と言えばウソだし、命がある事に喜びを見出すことが難しい時もある。学べていないのかも知れない。
多くの人がそうだったように、「絆」という言葉は胸の中で熱く駆け巡った。
しかし時には「こんな状況になってるのに、どうして!」と問いたくなる行動を見聞きしては拳を握りしめ、不誠実さを目の当りにして失望したりする事もある。
俺自身、顧みて恥ずかしい部分もあるが・・・。
風邪を引いた時にだけ、健康のありがたみが分かるという事ではなく、健康のありがたみに沿った在り方が問われているような気がします。
健康という言葉を、平和や、安心や、誠実さという言葉に置き換えてみたい。
そして、できるだけ蓋を開けて、次の世代に繋げていくという意味の「絆」が必要だと感じます。
今在る隣りの人への、横の「絆」はもちろん、縦の「絆」を繋いでいく為に。
祝島の人たちが、まだ6歳だった俺たちの未来を守ろうとしたように・・・
黙祷
2012年3月10日 山縣有斗
三択豚サンタクロース(シャムロック・ジャム)
ショート・ムービー「LOST IN」撮影風景展

(監督:山縣有斗、スティール撮影:nao)
「ショートムービー「LOST IN」は、
2010年5月の二日間、神楽坂を中心に撮影、12月11日にYoutubeで公開いたしました。
そして2011年7月7日、石田宅司さんに英語字幕作成と英語紹介文のご協力をいただき、
「LOST IN」英語字幕版をYoutubeに公開する運びとなりました。
英語字幕版の公開を記念し、素敵な池袋の喫茶店「耕路」さんのギャラリースペースをお借りして、
撮影風景の写真展示をいたします。皆様のご協力をいただき、ご覧いただけることに大変感謝をしております。
撮影隊のスティールカメラマンは、スタッフの中で最年少、ティーンズ・カメラマン「 nao 」でした。
当時の様子をYoutubeでの本編や公式ブログと併せてご覧いただければ幸いです。
会期 2011年6月19日 〜 6月30日
会場 「耕路」 階段ギャラリー

「LOST IN」公式サイト
nao (廃墟サイト「街の輪郭」管理人)
"LOST IN" This is a one man's tale.
The tale of the loss and the reproduction spelled in 13 minutes 12 seconds.
2010 ,2011 and....,
this country has us now in the unprecedented confusion whose point is not visible.
In the fog as if it continued forever, we are painful to be uneasy, and put our hands out, but nothing can be held.
He in this tale also wavers in such the world.
Suddenly "something" is lost also by one slip of paper, one strap, and such trifles.
"Something" that existed so that naturally is lost.
Not only he but we and you also stop in such a time, and are likely to be tormented and crushed by its sense of powerlessness.
The things in which the current of the times was piled up,
the things which society accumulated
and "something" that the individual accumulated seem to look for the exit unawares.
However,
please wait.
Just wait.
"Something" that connects , supports and suits a man and a man, a man and society and society and society is really lost?
It is only hard to be visible now.
That is all, isn't it?
Wavering, getting damaged and falling, please see your surroundings firmly once again.
"Something" supporting you that was regarded as having gone out.
"Something" that is spun newly again.
"Something" such will be recongnized suddenly.
If only you notices "something" such in your surroundings too so that naturally,
you can begin to walk again.
Yes, we raise a face, and look at a front, and should begin to walk.
Surely there must be the exit for living now there.
"LOST IN" the tale of the loss and the reproductive for a man and you.
Please see it as one person who survives in this time.
Takuji Ishida
「LOST IN」
これは一人の男の物語。
13分12秒で綴られた喪失と再生の物語。
2010年、20011年、そして・・・
今この国は、私たちは、先の見えぬ未曾有の混沌の中にあります。
永遠に続くかのような霧の中で、不安で苦しくて、でも手を伸ばしても何もつかめない。この物語の彼もそんな世界に迷い込みます。
紙切れ1枚、ストラップ1個、そんな些細なことでも、突然「なにか」が見失われていく。当たり前のようにあった「なにか」が失われます。
そんな時代の中で彼だけでなく、わたしたちも、そしてあなたも立ち止り、自らの無力感にさいなまれ押しつぶされそうになります。
時代の流れが積み重なったもの、社会が積み重ねたもの、個人が積み重ねた「なにか」は、いつしか出口を探しているようにみえます。
しかし、ちょっと待ってください。
人と人、人と社会、社会と社会をつなぎ、支えあう「なにか」は本当に失われてしまったのでしょうか。
見えづらくなっているだけなのではないでしょうか。
迷い、傷つき倒れそうになったとき、もう一度あなたの周りをしっかりと見てください。
あなたを支えてくれる、切れたと思っていた「なにか」。
また新しく紡ぐ「なにか」。
そんな「なにか」にふと気づくでしょう。
やはり当たり前のようにあなたの周りにある、そんな「なにか」に気づきさえすれば、
また自分の足で歩きだせるのです。
そう、われわれは顔をあげ、前を見て、また歩き始められるはずです。
そこに、今を生きるための出口がきっとあるはずです。
「LOST IN」一人の男の喪失と再生の物語。
あなたもこの時代に生き抜くひとりとして、是非ご覧になってください。
石田 宅司
鳥籠姉妹展 『 アネモネ 』
この度、私どもが大変お世話になっている鳥籠画廊さんと「姉妹展」を開催することになりました。
孤高のネットギャラリー「鳥籠画廊」さんと同じ壁に並ぶことは、 多々、無謀な試みであったか、と思いますが、
もともとは、中井結さんの絵を東京の壁にかける、という以前からの企画をひとつ叶えることが出来、
ほっとしております。

これを機会に、鳥籠画廊さんに教えていただき、密やかに、私どものネットでのギャラリーを整えて行けたらと存じます。
いつの日か、持ち歩く小さなトランクに入るようなしつらえで、
個人的に好きなアーティストの作品をご覧いただければ、楽しい時間を共有できるかもしれません。
展示は、池袋の老舗喫茶「耕路」さんです。一声かけていただければ、ご案内をいたします。
ご高覧いただけましたら幸いです。
◆中井結さんから、メッセージです。◆
このたびは、とても素敵な喫茶店『耕路』の階段ギャラリーにて
小さな展示会、鳥籠姉妹展「アネモネ」を 開くことになりまして
今、とてもワクワクしているところなのでございます。
鳥籠姉妹というのは、中井結と濱口真央の個人のサイトであります「鳥籠画廊」と
同じくハチドリさんのサイトであります「8DORI画廊」との
まるで姉妹のような濃密な関係?を指しておりまして
今回は主に「アネモネ」をテーマとして、そんな、われわれの仲良しぶりを
存分に発揮できればいいなあ・・・と思っている次第なのです。
ワタシ、中井結は、鉛筆画を濱口真央はアクリル画を描いております。
ハチドリさんは、いつもは写真を専門としていますが
今回は特別に絵に挑戦!ということで、絵をお描きになるそうです。
2週間ほど、素敵な場所と、お時間を頂戴いたします。
階段の上り下りの際、皆様に「おや?」っと気づいて頂きまして
「ふ〜ん」「ほー」「むむむ」などと、少しでも愉しんでいただければ、大成功!です。
どうぞよろしくお願い致します。
◆中井結
沖縄県在住。もみね画家。
鉛筆画、人形、豆本等、好きなことをやりながら
それゆえに地味に細々と暮らしております。
HP
鳥籠画廊
http://park17.wakwak.com/~torikago/
◆濱口真央
沖縄県在住。画家。高校非常勤講師。
主に可愛らしくて神秘的な少女の絵を好んで描いております。
HP
鳥籠画廊
http://park17.wakwak.com/~torikago/
その他展示、ハチドリ

夜は日曜日をのぞき23時まで。朝は7時から。
タバコに弱い方は、2階の空気清浄機付近がおすすめです。
孤高のネットギャラリー「鳥籠画廊」さんと同じ壁に並ぶことは、 多々、無謀な試みであったか、と思いますが、
もともとは、中井結さんの絵を東京の壁にかける、という以前からの企画をひとつ叶えることが出来、
ほっとしております。

これを機会に、鳥籠画廊さんに教えていただき、密やかに、私どものネットでのギャラリーを整えて行けたらと存じます。
いつの日か、持ち歩く小さなトランクに入るようなしつらえで、
個人的に好きなアーティストの作品をご覧いただければ、楽しい時間を共有できるかもしれません。
展示は、池袋の老舗喫茶「耕路」さんです。一声かけていただければ、ご案内をいたします。
ご高覧いただけましたら幸いです。
◆中井結さんから、メッセージです。◆
このたびは、とても素敵な喫茶店『耕路』の階段ギャラリーにて
小さな展示会、鳥籠姉妹展「アネモネ」を 開くことになりまして
今、とてもワクワクしているところなのでございます。
鳥籠姉妹というのは、中井結と濱口真央の個人のサイトであります「鳥籠画廊」と
同じくハチドリさんのサイトであります「8DORI画廊」との
まるで姉妹のような濃密な関係?を指しておりまして
今回は主に「アネモネ」をテーマとして、そんな、われわれの仲良しぶりを
存分に発揮できればいいなあ・・・と思っている次第なのです。
ワタシ、中井結は、鉛筆画を濱口真央はアクリル画を描いております。
ハチドリさんは、いつもは写真を専門としていますが
今回は特別に絵に挑戦!ということで、絵をお描きになるそうです。
2週間ほど、素敵な場所と、お時間を頂戴いたします。
階段の上り下りの際、皆様に「おや?」っと気づいて頂きまして
「ふ〜ん」「ほー」「むむむ」などと、少しでも愉しんでいただければ、大成功!です。
どうぞよろしくお願い致します。
◆中井結
沖縄県在住。もみね画家。
鉛筆画、人形、豆本等、好きなことをやりながら
それゆえに地味に細々と暮らしております。
HP
鳥籠画廊
http://park17.wakwak.com/~torikago/
◆濱口真央
沖縄県在住。画家。高校非常勤講師。
主に可愛らしくて神秘的な少女の絵を好んで描いております。
HP
鳥籠画廊
http://park17.wakwak.com/~torikago/
その他展示、ハチドリ

夜は日曜日をのぞき23時まで。朝は7時から。
タバコに弱い方は、2階の空気清浄機付近がおすすめです。
『Come ULALA』 山縣有斗 絵本原画個展

8DORIsideB では、5月22日(日)〜6月4日(土)の期間、池袋階段ギャラリーにて、
『Come ULALA』 山縣有斗 絵本原画個展 を企画いたします。
山縣有斗は舞台や映像で活躍しています。今回は伸びやかな線や音までも紙の上に描き出しました。
ぜひ、ご覧になっていただきたいと存じます。
◆◆◆
俳優としての創造、演出家としての創造、脚本家としての創造、作家としての創造
なんだかどれを通しても、結局は『作品を創造する』という山を登るのですね
媒体は違っても、遠くから眺めてみると、共通項を多く持った山だったり
根源であるマグマは一緒だったりすると思います。
絵を描くことはずっと好きで、
保育園の頃から始まっています。
そして、絵本を描きたいと近年思っていましたが
なかなか準備が整いませんでした。
そんな時、3月11日の大きな揺れが起きました。
流れた・・・それこそ多くのものが。
1週間くらいたったとき、何かもやもやしたものが心中駆け巡り
はっとして、ゆっくりでも何か形にしてみようと衝動が起こった時
その媒体がたまたま絵本という媒体だったのです。
ゆっくりと描き重ねることで、絵と共に階段踏んでる自分を感じ
その気持ちをまた絵に重ねて、
絵の中のヒヨコと一緒に生きて、
また何かが心中を巡るのを感じました。
そして、何度も素敵な時間を味わいました。
何かの役に立つわけではないですが、絵との時間を共有できたら幸いです。
今回このように原画を皆様に展示する機会があることを本当に感謝しています。
どうかよろしくお願いします。
山縣有斗

珈琲茶房 耕路 階段ギャラリー
営業時間
平日 7:30〜23:00
土曜 9:00〜23:00
日曜 9:00〜21:00
MAP







